日本銀行の重要な使命は「金融システムの安定」に貢献すること

BNPパリバ証券
グローバルマーケット統括本部
副会長
チーフクレジットストラテジスト
チーフESGストラテジスト
中空 麻奈
日本銀行が気候変動オペについて詳細を発表した。金融機関の気候変動対応投融資を支援する新たな資金供給制度で、貸付期間は原則1年。回数制限を設けず借り換えが可能で、2030年度まで実施する。
対象金融機関のグリーンローン/ボンド、サステナビリティリンクローン/ボンド、トランジションファイナンスに対し、貸付利率は0%、円貨の貸付を実施するという枠組みになる。もともと2021年6月の政策決定会合後に成長基盤強化支援資金供給制度の後継であると示唆していたこともあり、およそ予想通りの展開である。
中央銀行の使命は何か――。基本的には多くの国で、物価の安定を一義的目標として定めていることが多い。ESCB(欧州中央銀行制度)は、マーストリヒト条約にて「最重要目標は物価の安定」と規定している。
しかし、FRB(米連邦準備理事会)は連邦準備改革法で、「雇用の最大化」を重要な使命の一つとしているし、日本銀行は日本銀行法第一条第一項において物価の安定を図ることを目的としているのに加え、同第一条第二項では「金融システムの安定」に貢献することが重要だ、としている。
中央銀行による信用力判断が生じると、中立性は担保されない
そのため気候変動の取り扱いについては、各国で考慮するのが正しそうだ。2021年6月に行われたグリーン・スワン・カンファレンスでも黒田東彦総裁は「気候リスクの基準設定は各国で違いを容認すべきで、日銀は汎用的政策にはしない。グリーンボンド購入などにより資源配分を歪めない」と発言し、あくまでも中立性を維持する、としている。
考えてみれば、これは当然のことである。社債買い入れプログラムにおいて、中央銀行の立場でA社とB社の社債が持ち込まれた場合にクレジットリスクの判断を導入し、A社は買いだがB社は買えないとした場合、B社へのネガティブな影響は極めて大きいだろう。
中央銀行は形式的要件で該当するものは全部購入するとしない限り、中央銀行による信用力判断が生じ、中立性は担保されなくなる。気候変動も同じで、C社とD社の気候変動の取り組みを日銀が評価した場合には、金融資産市場での価格に転嫁されることになりかねない。
翻って、ECBが2021年7月8日に公表した戦略レビューであるが、気候変動は重要な課題である、とした上で9項目からなる気候変動の取り入れ方を示した。
主なものをいくつか挙げると次の通りだ。社債等に関する適格要件の見直しでは、2022年中にCSRD(企業サステナビリティ報告指令)の詳細が確定することを受け、2024年からはその運営を開示するとした。また、市場中立の定義を見直すとし、2021年中に市場中立なアロケーションを行い、2022年に代替ベンチマークの提案をすることになっている。さらに資産買入ではECBによる評価やリスク管理の枠組みを見直し、気候変動リスクを適切に反映することを試みる、という。
気候変動に関する直接的な判断はしないため中立性は担保されるものの、ECBの考え方に基づく気候変動関連の徹底開示が前提となること、それにある種の方向性をつけるような“中立性”の見直しが入るという点は踏み込んだと言えるのではないか。
トランジションの掘り起こしと投資家の許容度の上昇がカギ
こうした欧州の決断と比較すると、日本銀行の決定はどう見えるだろうか。違いを踏まえると、日本銀行の判断がECB対比で弱く見えるのは、気候変動についての考え方の提示の有無と、それに基づく開示要求の強制力の度合いではないか。
2021年6月時点では、日本銀行がいよいよ気候変動に即したTLTRO(条件付き長期リファイナンスオペ)を導入した、と海外投資家に歓迎されて受け止められたのを勘案すると、若干拍子抜けかもしれない。
しかし、そうかといって、日本銀行が今回のように金融機関に対する貸出促進のためのオペに限定するのは、先に述べた中立性を維持する考えから見れば順当な判断ではある。
気候変動に対する推進は中央銀行より政府がリーダシップを発揮するべき類のものだが、それでも中央銀行が後押しすることによって、サステナブルファイナンス市場の成長への寄与が期待できる点は大いに評価すべきであろう。これをきっかけにし、適宜必要な規制や制度が促進されること、日本国でもグリーン国債の発行について検討が進むことなどがあれば、より市場拡大の後押しにつながると言える。
現在、日本のサステナブルファイナンス市場は拡大中であるとはいえ、2020年通年で見ても2.3兆円程度(図表1)。グローバルに見た同市場の1.3兆ドル(1ドル=109円換算で138兆円)と比較すると、まだまだ限定された市場であることがわかる。
【図表1】日本のサステナブルファイナンス市場の規模
(出所)ブルームバーグなど。BNPパリバ証券
今回日銀が後押しすることになるグリーンローン市場は、はっきりしたデータの取得が難しいものの、まだ1兆円に満たない程度である(図表2)。
【図表2】日本のグリーンローン市場の規模
(出所)ブルームバーグなど。BNPパリバ証券
2050年カーボンニュートラルの達成は、日本にとっても国の威信をかけた目標であるはずだ。そのためのサステナブルファイナンス市場の育成は、金融市場にとって必要不可欠である。この市場を発展させるには、トランジションの掘り起こしとそれに関する投資家の許容度をあげていくことに尽きる。
そう考えると、日銀の設定した気候変動オペは慎重過ぎるとの評価もある一方で、市場拡大につなげられれば「この一歩は小さいが、市場にとって大きな一歩」になるのではないか。