低金利による運用難が続くなか、リターン獲得手段の一つとして新興国資産の存在感が高まっている。一方、米国のテーパリング(量的金融緩和の縮小)のスケジュールが語られ始めたことで、新興国市場からの投資マネー流出への懸念が強まっている。強弱の見通しが入り交じる新興国資産とどう付き合うべきか。連載「Asset Watch 新興国資産編」第3回では、南アフリカやトルコ、ブラジルなど新興国の中でも比較的経済規模の大きな国をウォッチしているソニーフィナンシャルホールディングス シニアアナリストの石川久美子氏に、各市場の動向について聞いた。
米国の早期利上げのショックはさほど大きくならない

ソニーフィナンシャルホールディングス
シニアアナリスト
石川久美子氏
新興国投資では先進国投資以上に細かなメンテナンスが必要になってくるが、まずは世界経済の大きな流れを見ていくことが重要だ。BIS(国際決済銀行)が3年ごと行う調査によると、2019年4月(現最新版)の外国為替市場全体の1日あたりの平均取引量は6兆5900億ドル(約726兆円。1ドル=110円)と、日本のGDP(国内総生産)を大幅に上回る金額の取引が行われていることが分かる。そのうち44.2%が米ドル、次点がユーロで16.2%、3位が日本円で8.4%を占める。これに続くのは、英国ポンド、豪ドル、カナダドル、スイスフラン、人民元と並んでいる。9割近くが先進国通貨であり、新興国の割合は少ない。世界で最も取引される米ドル、つまり米国の金融政策動向が新興国投資を左右する。

出所:BISのデータを基に石川氏作成
新興国市場から資金流出する懸念については、米国の利上げが早期かつペースが早い場合には警戒すべきだという。「米国はマーケットとの対話を非常に重要視していて、テーパリングや利上げを実施するとしても市場へショックを与えないように密にコミュニケーションを取ることを念頭に行っている。現時点では、米国の早期利上げによる新興国市場のショックはさほど大きくないとみている」(ソニーフィナンシャルホールディングス シニアアナリスト 石川久美子氏)
米国の動向の次に新興国の個別要因を確認していく必要があるが、主軸となるのは政治と金融政策の2つだという。政治に関しては内政と外交、それぞれを注視したい。「外交に関しては、先進国同士の代理戦争になるようなリスクを秘めていないかどうか。あるいは、先進国からの経済制裁を受ける可能性があるような対立はないかが重要なポイントとなってくる」(石川氏)
ウクライナを例に挙げると、依然として内戦が続いているものの、現在はほとんどマーケットに材料視されていない。しかし、内戦問題が浮上した当時はマーケットから非常に注目されていた。その理由は、ロシアのエネルギー資源を欧州へ輸入するパイプラインがウクライナ経由だったからだ。親ロシア派と欧米が支援する親ウクライナ派による、ロシアvs欧米諸国の代理戦争状態がマーケットに大きな影響を及ぼしたが、欧州とロシアが直接対立を避けるよう話し合いで合意に至った後は、マーケットで材料視されることがほとんどなくなった。石川氏は、「新興国の外交面での問題がマーケットに全体に影響を及ぼすのはだいたい2つの理由に収束される。1つは、その対立そのものが世界経済を大きく棄損するようなリスク要因になると「マーケットが連想する」時。もう1つは、先進国同士が代理戦争状態になり、それをきっかけに世界の経済活動に深刻な悪影響を与えると連想されるかどうか。この2つにかからなければ、マーケットにはほとんど材料視されない」と見解を示す。
金利の高さから人気を集めやすいトルコリラは2015年頃から下がり続けているものの、買いのタイミングを待つ人が多い通貨だという。「トルコはインフラ投資をしっかり行っており、アジアをつなぐ要所でもあるため、安定さえすれば伸びしろは確かにある」(石川氏)。トルコは、EU(欧州連合)加盟交渉に乗り出した2005年頃は市場でトルコリラが人気を博していたが、現エルドアン大統領が欧米諸国と対立色を強めているため、経済制裁の懸念などが拡がるたびにトルコリラの値を押し下げる要因になっている。石川氏は、「一番の問題は中央銀行の独立性が保たれていないこと。通常、金融政策はインフレを抑えるために利上げを行うが、エルドアン大統領は『利上げこそがインフレを引き起こす』との独自理論を持っており、さらに、自身の要望に反する行動を行う中銀幹部を次々と解任していることがトルコの金融システム不安につながっている。不安が強まれば、一段と大きく下がることも起こり得る通貨」と説明する。