低金利による運用難が続くなか、リターン獲得手段の一つとして新興国資産の存在感が高まっている。一方、米国のテーパリング(量的金融緩和の縮小)のスケジュールが語られ始めたことで、新興国市場からの投資マネー流出への懸念が強まっている。強弱の見通しが入り交じる新興国資産とどう付き合うべきか。連載「Asset Watch 新興国資産編」第1回では、アジア債券市場において長い歴史を持つイーストスプリング・インベストメンツの営業マーケティング本部長 面谷 祥友(めんたに・やすとも)氏と同社の運用部 シニア ファンド マネジャー 落合玲子氏に、アジアの債券市場の魅力について聞いた。

イーストスプリング・インベストメンツ
営業マーケティング本部長
面谷 祥友(めんたに・やすとも)氏
運用部
シニア ファンド マネジャー
落合 玲子氏
スプレッドが十分に残り、シャープレシオやデュレーションも魅力的な水準
イーストスプリング・インベストメンツは、新興国資産の中でもアジアの社債に注目している。アジアの米ドル建てクレジット市場の代表的ベンチマークであるJPモルガン・アジア・クレジット・インデックスは、アジアクレジット市場の黎明期の2005年設定だが、イーストスプリング・インベストメンツのアジア・ボンド戦略(ドル建て)の設定は2002年12月と、アジアクレジット市場の黎明期から運用を開始しており、長い実績がある。
新型コロナウイルス禍による相場ショック以降、各国の中央銀行による緩和策の長期化で米国をはじめ株価は底上げされ、コロナ前を上回る水準まで上昇している。先進国債券は利回りが急低下し、クレジット関連のスプレッドはコロナ以前の水準まで縮小した。アジア市場を見ていくと、2020年は欧米と比較して感染者数を抑制しダウンサイドリスクも少なかったが、足元ではアジアの一部でワクチン接種の遅れや感染者数拡大といった影響で、債券市場の回復が遅れている。
イーストスプリング・インベストメンツ シニア ファンド マネジャー 落合玲子氏は、「米国のクレジット・スプレッドはコロナ前の水準までタイトニングしている一方で、フローの流入が続きバリュエーションは高まっている。かたやアジアは、いまだコロナ後の回復を織り込んでいないと考えている。現状は苦しい状況にあるもののファンダメンタルズは良好で、コロナ後を見据えればまだまだスプレッドのタイトニング余地がある」と指摘する。
落合氏は、アジア債券が有望な投資先である理由の一つとして、近年アジア域内企業の社債発行が活発化していることを挙げる。市場の拡大を背景に、アジア社債市場では投資適格社債からハイ・イールドまで幅広い投資機会がある。また、アジア債券の発行体は政府関連企業の比率が高いことなどから、ボラティリティを抑制しながら比較的良好な利回りの債券が存在している。「2000年から2021年の月次データでの計算では、グローバル債券のシャープレシオは0.63に対して、アジア債券は1.11、アジアハイイールド債券は1.05だった。また、アジア債券は比較的デュレーションが短いがデュレーション1単位あたりの利回りは0.4%と、新興国債券の0.1%と比較しても魅力的な水準にある」(落合氏)
さらにボラティリティが低い理由の一つとして、アジア社債の多くをアジア域内の機関投資家が保有していることが挙げられる(図表1)。
【図表1】アジア社債の多くはアジア域内の投資家が保有
出所:JPモルガンのデータに基づきイーストスプリング・インベストメンツ(シンガポール)作成、2021年6月末時点。数値はアジア社債投資家の地域別割合
イーストスプリング・インベストメンツ 営業マーケティング本部長の面谷 祥友(めんたに・やすとも)氏は、「市場全体のリスクオフ局面では、たとえ投資先に問題がなくても新興国資産は売られやすい。これは一般に新興国外、アジア域外の機関投資家による行動であり、アジア域内の機関投資家の比率が高いアジア社債は通説には当てはまらない様相を呈している。アジア域内の投資家層には年金基金などが多く、頻繫に売買する投資スタイルではないこともありボラティリティは低い」と説明する。
相場の下落局面などでは、社債に限定すれば一般に米国の投資適格社債(IG債)がもっとも安全性の高い資産と言われるが、2020年3月のコロナ・ショック時にはアジアIG債が米国IG債や新興国IG債よりも下値抵抗力を示したという(図表2)。
【図表2】コロナ・ショック時におけるアジア債券の耐性
出所:Bloomberg L.P.のデータに基づきイーストスプリング・インベストメンツ作成。
期間:2019年12月末~2021年6月末。2019年末を100として指数化。
アジアIG:JPモルガン・アジア・クレジット・インベストメント・グレード・インデックス、新興国IG:JPモルガンCEMBIブロード・ダイバーシファイド・ハイグレード指数、米国IG:ICE BofA米国コーポレート・インデックス(全て米ドル建て)
(注記)ICEデータ・サービスおよびその関連会社は、提供するインデックスデータに関してその継続性、正確性、完全性を保証するものではなく、当該データ提供に係り発生し得る損害についてもその事由の如何を問わず責任を負うものではありません。JPモルガン指数はJ.P. Morgan Securities LLCが算出、公表しているインデックスであり、著作権、知的財産権はJ.P. Morgan Securities LLCに帰属します。
アジア債券のESG評価は分かれる分、運用会社独自の分析が必須
ここ数年、サステナビリティに関する多くの取り組みが注目を集めているが、イーストスプリング・インベストメンツではアジア社債においてもESG(環境・社会・企業統治)投資戦略に注力している。落合氏は、「アジアには新興国が多いためESGへの取り組みは欧米に比べ遅れているものの、ラベル付きと言われるような
ESGのラベルの付いた社債の発行はアジアでも大きく伸びている。特に2021年に入ってからは供給が増大し、すでに2020年の供給量を上回るレベルだ」と話す。
同社は2019年12月にアジアで初となるESGの要素を投資プロセスに組み込んだ債券戦略を立ち上げた。ESG評価はEUタクソノミー規制である程度基準が決まっているが、定量化されていない部分もあり依然として発展途上と言え、大手の第三者評価機関同士であっても評価が分かれる状況だ。また、第三者評価機関は先進国の発行体に対するカバレッジは非常に高い半面、アジアは6~7割程度に留まると言われている。「第三者評価機関の調査が不十分なケースでは、例えば中国とシンガポールの銘柄を比較した際、規制がより厳しいシンガポールのほうが評価が高いこともある」(落合氏)
そこでイーストスプリング・インベストメンツはESG評価に関して、独自の分析や評価基準を設けている。もともとアジア債券はガバナンス面の課題が多く、クレジット分析の過程で注視する必要があったため、同社ではESG評価が普及する以前から定量評価以外も行ってきたという。面谷氏は、「先進国間ではESG評価でカントリーバイアスにそれほど差が出ないが、アジアをはじめとする新興国間では差が出やすい傾向にあり、投資機会を見逃さないためには一社一社見ていくことが重要」と見解を示す。
面谷氏は、新興国資産に投資するポイントとして、まず「投資目的・位置づけを明確にすること」を提示する。先進国株式と新興国株式は相関性が高いため、単純にリスク・リターンの改善や分散投資効果を期待して組み込んでも効果は得にくい。他方、債券の場合は外国人投資家の参入を制限しているインドなど、先進国債券と相関性が非常に低い国もある。「既存のポートフォリオに追加した場合のシミュレーション分析を行うことで、望ましいリスク・リターンの改善が図れるだろう」(面谷氏)
そして2つ目のポイントは、「各分野に精通したそれぞれのマネジャーに委託すること」だという。発行体が複数の新興国を跨いでいる場合、言語の違いや規制など特有のルールが多く、突然変更することも踏まえると、やはりその国や地域に精通したマネジャーを選定する視点は欠かせない。イーストスプリング・インベストメンツではアジア債券専門のクレジットアナリスト11名が在籍しており、そのカバー範囲は中国、韓国、インド、インドネシア、シンガポールなど幅広い。「アジア債券の運用部門のプロフェッショナルが21名(リサーチ含む)と、アジア債券市場では比較的大きなチームであり、相対取引が基本となる債券市場ではプレゼンスが高く、新規発行時などでは特に優位性があると、考える」(落合氏)
新興国の中でもアジア債券は、ドローダウンを抑制しながら安定したインカムゲインの享受が期待できる投資先として、長期で成長が見込める市場と言えるのではないだろうか。