企業業績は回復局面だが……

BNPパリバ証券
グローバルマーケット統括本部
副会長
チーフクレジットストラテジスト
チーフESGストラテジスト
中空 麻奈
7~9月期の決算期がそろそろ終了局面にある。通期見通しの上方修正や配当総額が12兆円超となることが伝えられるなど、業績活況の様子も伝えられる。しかし、果たしてそうなのだろうか――。
現状を踏まえると、あまり活況一辺倒でもなさそうだと言える根拠が指摘できるため、今後の企業業績についての重要なポイントについて整理しておくことにしたい。なお、ここでの議論は、決算が出揃っている4~6月期決算を使っている。
2022年3月期の4~6月期決算に関するポイントは以下の三点である。第一に、今期の業績は手堅かったこと。第二に、しかしながらサプライチェーンの悪化、半導体不足や原材料価格高騰による影響のタイムラグ、デルタ株の感染拡大や中国経済の鈍化懸念などにより、7~9月期の業績は悪化する可能性があること。第三に、通期予想はそれほど変わらないが、個別セクターごとの差が出て来るということだ。この3つのポイントを見ていきたい。
手堅い業績
日経225構成銘柄の経常利益は前年同期比2.7倍で、1社での利益幅のブレが大きいソフトバンクグループおよび金融セクターを除くベースでの増益率は3.5倍と、堅調な業績となっている(図表1)。

出所:会社資料、BNPパリバ証券
注:経常利益ベース。IFRSとUS-GAAP採用銘柄については税引前利益または営業利益を使用
内訳を見ると、(1)自動車セクターの収益拡大、(2)コモディティ価格上昇の恩恵を受ける鉄・非鉄、エネルギー、商社セクターの上振れ(在庫評価益が含まれる)、(3)海運セクターの収益拡大、(4)鉄道セクターの赤字縮小など、いくつかのセクターが健闘した結果、全体像を押し上げた。また、もともと保守的で手堅い決算見通しであったがゆえ、収益が確保できたとも言える。
自動車セクターでは供給がひっ迫する中で各社工夫を凝らし、在庫車の販売促進や工場出荷前等の車両も含めて商談に載せるといった販売面の努力によって、高水準の販売台数を維持できたことが功を奏した面がある。
さらに、新車価格の上昇および販売コストの低下による採算の改善、残価コストや貸倒コストの減少で金融事業が改善したことなどがポジティブな要因として寄与したこともある。
7~9月期は業績悪化の可能性
ただし、7~9月期の業績は悪化する可能性がある。理由としては、すでに指摘した通り、①サプライチェーンの悪化、②半導体不足や原材料価格高騰による影響のタイムラグ、③デルタ株の感染拡大や中国経済の鈍化懸念が挙げられる。さらに、4~6月期の業績をけん引したコモディティ価格は足元で一服しつつあることも加えれば、前向きで力強い決算動向とは言い難い。
もっとも、半導体製造装置需要の拡大や人手不足が好機となる業種、構造改革を実行している企業などについては堅調な業績が見通せるなど、個別企業間の差異についても注目が必要になっている。
注意点① サプライチェーンの悪化
サプライチェーンの悪化については、例えば自動車セクターの場合、①半導体の封止・検査工程の主要拠点であるマレーシアでのロックダウン、②ベトナム自動車部品工場の稼働率低下、③タイの部品工場での集団感染などによって部品供給が遅延していることだ。ゼロコロナ政策を維持する中国では、一人でも感染者が発生すれば拠点の操業停止を命じられるリスクが懸念される。
さらに、将来的にはESG経営の観点からサプライチェーンをどう見直すことがベストなのか、それぞれの企業の開示が必要になることも踏まえておきたい。
注意点② 半導体不足など在庫状況
またサプライチェーンにおいて、在庫水準が高まっていることも気にしておくべき点だ。主要完成車メーカーの多くが在庫水準を引き上げており(図表2)、この傾向は自動車部品(図表3)、電子部品・デバイス各社でも同様である。

出所:ブルームバーグ、BNPパリバ証券

出所:ブルームバーグ、BNPパリバ証券
企業がサプライチェーンリスクに備えて意欲的に部材の発注を行ったこと、半導体入荷次第すぐに製品が出荷できるような仕組みを構築していたことなど、半導体不足に対するきめ細やかな対応が見られたことで4-6月期の決算は順調だったものの、この先に関しては、供給制約(ボトルネック)が解消されたとしても生産が増加するのではなく、在庫一掃が先となる。しかも、過剰在庫があれば価格低下や業績へのネガティブな影響も無視できないかもしれない。
なお、半導体に関してはDRAMのスポット価格が7月末以降、緩やかに下落しているようである。携帯端末やパソコンメーカーのDRAM在庫が積み上がっていると指摘されてもおり、在庫水準に注目しておく必要が出てきている。
注意点③ 中国経済懸念
中国経済の鈍化についても、注意が必要だ。足元、中国経済統計から回復ペースの鈍化がうかがえ、なかでも消費が冴えない。景気が回復しなければ中国向けの受注が落ち込むのは自明である。さらに、中国当局が大手IT企業を標的にし、規制を強めたことにより、とくに日経平均に与えた影響が大きかったこともある。
日経平均に対して最大の構成ウェイトを持つファーストリテイリングは中国市場への依存度が高く、ソフトバンクグループはアリババ株を保有していることなどを通じ中国との関係がクローズアップされることが多かった。これら二銘柄を除いたベースでは日経平均株価はそれ程変化していないとも言え、相応の高値圏にあると見ることもできよう(図表4)。輸出入の関係が高い中国だけに、売上等に中国の割合が大きい場合など、個別リスクとしてチェックする必要がありそうだ。

出所: ブルームバーグ、BNPパリバ証券
通期見通し
2022年3月期の通期見通しについては、3か月前の見通しと比べると、緩やかな上方修正だが、ほぼ変わらずである。しかし同時に、セクターごとのばらつきが一層はっきりと出て来る可能性が大きいことがうかがえる(図表5)。

出所:会社資料、BNPパリバ証券
*原則、経常利益ベース。IFRSとUS-GAAP採用銘柄については税引き前利益または営業利益を使用。商社セクターは純利益
*四半期決算を発表した日経平均採用銘柄221社のうち、前四半期決算時にも通期計画を公表していた203社について集計
*1月、8月、9月決算銘柄を除く
海運セクターの業績動向を左右するコンテナ船運賃市況は強いままであるが、木材価格は急落している。これまで米国の住宅販売戸数が堅調に伸び、その影響で「ウッド・ショック」とまで言われた木材価格の高騰ぶりからは隔世の感がある。つまりは、ものによって何が売れているか、何が売れなくなってきているか、といった売れ筋の違いや在庫水準等の違いを反映して、ドラスティックに価格が異なってくることをとらえて、将来の業績を見通す必要が出てきていることになる。
自己資本比率のチェックも!
7~9月期は全体として活況な業績となる見通しと考えられているとはいえ、懸念材料となりそうなポイントが指摘できることは頭に置いておきたい。さらに、この1年半程度の長いコロナ禍にあり、それぞれの企業が苦労をしてきた結果とも言えるが、自己資本比率がかなり削減されていることにも気を配っておくべきである。
TOPIX(東証株価指数)構成銘柄のうち金融機関を除くベースで4~6月期決算でも、自己資本比率が1年前比で10%以上減少している企業が3.4%、5%以上削減に範囲を広げると8.5%ある。キャッシュが回っている時の自己資本比率の低下はそれ程気にならないとはいえ、自己資本比率は健全性や安定性を示す一つの重要指標でもある。
投資先の企業の収益だけでなく、自己資本比率が現状どうなっているのか、仮に削減されているとしても、収益の回復過程に入るとともに増加傾向が確認できるのか、など、は当該企業の経営体質を見るうえでも重要になるだろう。
企業業績が好調だと、それに引っ張られて株価の上昇など金融市場は好感した動きになりやすい。しかし、そんな回復局面だからこそ、述べてきたポイントにも一定の注意を払い、銘柄選別をしておくことをお勧めしたい。仮にバブルがはじけても手堅く、リスクの少ない銘柄選びをする上では欠かせない、と考える。