ニッセイ基礎研究所は2023年4月25日、報道関係者向けに「不動産市場の動向と注目ポイント~不確実性が高まるなかでの見通し~」と題したセミナーを開催した。金融研究部 主任研究員の佐久間誠氏が語った不動産市場を取り巻く注目ポイントについて、要旨を紹介する。
マクロ経済:
海外発の金融不安に火種
日本国内は、他の先進国と比較して底堅い経済成長が予想されています。加えて、新型コロナウイルス禍が収束に向かう中でインバウンド需要が回復する追い風などを考えると、相対的に健全な不動産ファンダメンタルズが維持されると期待しています。
一方で2023年前半は、海外を起点とした様々なリスクが話題に上りました。特に、クレディ・スイスの救済劇や米シリコンバレーバンク破綻などにみられた金融機関の信用不安は大きな波紋を呼び、米国の中小金融機関が融資基準の厳格化に踏み切るなどの影響を及ぼし始めています。実は米国では、商業用不動産に対する貸し出しの7割程度を中小金融機関が担っています。今後、より信用不安が深刻化するなどして貸し出しが目詰まりすれば、米国の商業用不動産市場を起点に金融危機が発生する恐れもあります。米中小金融機関の経営状態や貸出状況には引き続き注意が必要でしょう。
オフィスセクター:
「ズーム・エフェクト」で需給軟化
米国ではコロナ禍以前から、eコマースの拡大で商業施設よりも物流施設が重視される、いわゆる「アマゾン・エフェクト」が発生していました。コロナ禍では、在宅勤務の普及の影響、いわゆる「ズーム・エフェクト」が色濃くなり、米国の商業不動産市場は、オフィス価格が大幅に下がるダメージを被りました。
東京のオフィス価格は底堅く推移しているものの、在宅勤務の影響が顕在化し始めています。足元では、コロナ禍で落ち込んだ企業のオフィス床面積は回復傾向にありますが、その勢いは力強さに欠けます。オフィス出社率はコロナ前の約7割にとどまり、今後もコロナ前の水準を回復するのは難しいとみています。一方、引き続きオフィスビル供給は増加傾向にあると見込まれていることから、需給が軟化し、これまで高騰を続けてきた東京都心部のオフィス市場は緩やかに調整局面を迎えると予想しています。
ちなみに、コロナ禍のオフィス市場は、地域ごとに影響の差が顕著であったという特徴がみられました。例えば、東京都心部では、リーマン・ショックの時と同程度の空室率の上昇を記録しましたが、名古屋、大阪、仙台、札幌などの地方主要都市では上昇が小幅であった上、募集賃料の下落も抑えられていました。この背景には、ここ数年、地方主要都市でオフィスビルの新規供給が低迷していたことが関係しているとみられますが、今後はこうした都市でも供給増加が見込まれているため、オフィス市場の需給軟化が予想されます。
住宅セクター:
東京圏の“郊外化”が進む
アベノミクス以降、マンション価格が右肩上がりで高騰を続け、コロナ禍ではそれに引っ張られるように戸建住宅や住宅地の価格も上がりました。住宅市場の今後の注目点の1つは、コロナ禍がもたらした「東京圏の郊外化」です。
コロナ禍では、これまで増加一辺倒であった郊外から東京23区への人口流入が、一時マイナスに転じました。こうした郊外化の背景には、在宅勤務の拡大で「郊外に広い家を持つ」選択肢を好むようになったファミリー層が増えたことがあります。
近年、東京都内の住宅価格が高騰を続けているところに、建築資材のインフレなど建築コスト増加が発生していることを鑑みると、東京圏における郊外化はある程度持続する可能性が高いと言えるでしょう。

佐久間氏は講演の最後、コロナ禍前までは日本経済の中心テーマが「長期経済停滞の脱却」であったことに触れつつ、「目下の利上げやインフレで、日本経済の風向きが変わる可能性があることは、中長期的に不動産市場をみる上で、重要なポイントになるでしょう。もし日本が『値上げ、利上げ、賃上げ』トレンドに転換できたとすれば、不動産市場には強力な追い風になるからです」と締めくくった。