山崎 良兵
日経BP 経営メディアユニット長補佐
1996年、日経BP入社。日経ビジネス編集部、ニューヨーク支局、日本経済新聞編集局証券部、日経ビジネス副編集長、クロスメディア編集部長、日経ビジネス電子版編集長、法務室長などを経て、経営メディアユニット長補佐兼日経ビジネスクロスメディア編集長。
多くの人が「良いアイデアがあればイノベーションは生まれる」と考えがちですが、本書では「行動」に重きが置かれています。この考えに至ったきっかけを教えてください。
アイデアパーソンと呼ばれる人は、どの組織にも一定数いますが、アイデアを実行に移す人は多くありません。経済学者のヨーゼフ・シュンペーター氏が提唱したように、イノベーションとは異なるアイデア同士の組み合わせから生まれます。しかし結局は、実行しなければ何も起きません。それが「アイデアだけではなく、行動が大事である」というメッセージの根底にあります。
金融機関は伝統的にリスク回避の文化が強く、イノベーションが起こりにくいイメージがあります。一方で、英国発のネオバンク大手Revolut(レボリュート)やMonzo(モンゾ)、国際送金大手のWise(ワイズ)といった新興プレーヤーは、AI(人工知能)やデジタル技術を前提に、従来の金融機関とは比べものにならないスピードでサービスを進化させています。
このような動きに危機感を感じ、イノベーションに関心を持つ金融機関も少なくありません。しかし既存の組織の中でイノベーションを起こすにはどうしても限界があります。スタートアップと違い、社内の経営幹部に何度も説明して合意を得るために時間がかかったり、余計な口出しをされたりするケースが少なくないからです。米ハーバード大学経営大学院のクレイトン・クリステンセン教授が『イノベーションのジレンマ』で指摘したように、独立した会社として切り出し、大胆に任せるような覚悟が必要です。AIの進化に伴い変化は加速しており、アイデアを議論するだけではなく、迅速に実行することが欠かせません。
個人レベルでも同じです。どんなに優れたアイデアでも、行動しなければ意味がありません。まず一歩踏み出すこと。それが、本書を通じて最も伝えたい点です。
アナロジー思考:まず「借りてくる」ことから始める
日常業務に生かすなら、まずどの思考から実践すればよいでしょうか。
金融機関で働く方にお勧めしたいのは「アナロジー思考」(本書第2章)です。アナロジーとは「類推」を意味し、異なる世界のアイデアを借用して、別の領域で組み合わせるような考え方です。投資の世界で言えば、ウォーレン・バフェット氏が時間の9割を読書に充てることは有名です。読書から得た知識の幅を生かして多様な分野への投資判断を行っている点は、アナロジー思考の実践といえます。
著名な個人投資家のテスタさんも、投資を「連想ゲーム」と表現しています。過去の類似事例やある業界の動きを別の業界と結びつける力こそ、アナロジー思考の本質です。営業の現場でも、「他業界ではこうした事例があります」と語れる担当者は、より説得力のある提案ができ、信頼の獲得にもつながります。
アナロジー思考の土台になるのが読書です。良書と呼べる書籍は、多くの場合、その分野の専門家が書いており、引用、脚注、参考文献のような形で根拠も示されています。インターネット検索で集めた情報やAIの回答は断片的で誤りがあることも少なくありません。一橋大学の楠木建特任教授が「読書は最強の思考装置」と語るように、AI時代だからこそ自分の頭で考える力の基盤として欠かせないでしょう。

さらに成果に差がつく重要な思考はありますか。
アナロジー思考の次のステップとして、「第一原理思考」(本書第3章)があります。業界や製品のあらゆる常識、前提を疑い、そこから絶対に疑えない根本的な原理(第一原理)を見つけ出し、ゼロベースで従来と異なる解決策を見つける思考法を指します。わかりやすい例がイーロン・マスク氏率いる米スペースXで、ロケットは使い捨てという業界の常識を疑い、再利用可能なロケットを実現しました。
アナロジーが「借りる」思考なら、第一原理は「(常識や前提を)破壊する」思考といえます。ただし、前提を疑うためには基盤となる知識が必要です。だからこそ、まずアナロジー思考で知識の幅を広げ、その上で第一原理思考を活用するような姿勢が重要です。金融業界でも、AIやデジタル技術が進化する中で、これまでのあらゆる前提を疑い、ゼロベースでビジネスモデルを変革するような思考が求められています。
「空気を読む文化」が変革を阻む
日本でイノベーションが生まれにくい理由は何でしょうか。
日本には他者を尊重する素晴らしい文化がたくさんある反面、一人ひとりの個性・違いを尊重するのではなく、集団に自分を合わせる=「空気を読む」ことが求められすぎているように感じます。周囲に気を使いすぎて、「自分の心の声(内発的動機)」に従い、本当にやりたいことに挑戦することをためらう人が多いように思います。このような文化がイノベーションを起こすという観点からはマイナスにも働きかねません。
イノベーションを生み出すのは、常識を疑い、「異なる目」で世界を見ることできる人です。そのような人が、異分子や異端だと排除されず、もっと自由に意見を言ったり、行動できたりし、持てる力を存分に発揮できる社会になることが大事なように思います。
イノベーションの本質は「反逆」です。今の当たり前をひっくり返すところに価値が生まれる。そもそもイーロン・マスク氏や米パラティア・テクノロジーズ会長のピーター・ティール氏は、インターネット上での送金・決済を革新し、従来の金融の常識を変えたPayPalの共同創業者です。宇宙でも防衛分野でも、空気を読まない反逆的な姿勢で彼らはイノベーションを生んでいます。
ただし、組織としてみると、反逆的なイノベーターを支えるのは、常識があり、調整が上手な人であるケースが目立ちます。優れたイノベーターは自分の欠点を理解しており、それを補う優れた人材をメンバーにしています。このような「チーム思考」がないとイノベーションは実現できません。